※殺し屋パラレル












黴臭いビルの一室から、ライフルのスコープ越しに一人の男を狙う。
上質なスーツに身を包んだ男は周りを強面の男達に囲ませているが、こちらへの警戒は皆無。まさかこんな廃屋から命を狙われているとは欠片も思っていないのだろう。
ロックオンはスコープの十字を目標の頭に合わせた。
狙いは正確だ。何度も、何十回も、何百回もこの引き金を引いた。
もう一体どれだけ殺したかも覚えていない。人を殺すことへの戸惑いも、躊躇いも、なくなってしまった。
ただ標準を合わせて、引き金を引く。そしてまた新しいターゲットに狙いを定めて撃ち殺す。同じことの繰り返し。つまらない、血塗れた不変の日常。
今日もそうだ、同じことの、つまらない日々の繰り返し、そう思っていたのにそれは打ち砕かれた。
一人の穏やかな青年の声で。

「ロックオン・ストラトスさんですね?」

ロックオンが引き金を引くために指にほんの少し力を入れたところで聞こえた声。
引き金から指を離し、声のした方向―この部屋の入り口―に顔を向けると、場違いな程穏やかな笑みを浮かべた長身の男が立っていた。
誰もいなかった筈だ。気配だって、まったくなかった。

(こいつ、只者じゃねぇな・・・)

趣味の良いスーツを身に纏った男は、顔の右半分を緑がかった黒髪で隠している。
半分しか見えない顔は、人好きする笑みを浮かべているが、身に纏う空気が常人のそれとは違う。
ロックオンは隠し持っていた小型の銃を取り出すと、静かに男へ向けた。

「悪いが仕事中なんでね、邪魔しないでほしいんだが?」
「その『お仕事』ですが、一銭の得にもなりませんよ」
「何・・・?」
「貴方に仕事を依頼した男は先ほど死にましたから」

ニコッ、と小首を傾げながら男は綺麗な笑みを浮かべた。
ロックオンとそう変わらない身長に体格だというのに、不思議なことに可愛らしく見える。
このような状況でなければ、人当たりの良さそうな人物に見えるが、今この状態では腹黒い人物にしか見えなかった。

(もしかして、ターゲットの護衛か・・・?)

そんな情報はなかったが、可能性はゼロではない。そうなると俺の命まで危ない。
退路は男が背にしている入り口と窓が一つ。
ここは5階だ、窓から飛び降りるという選択肢は即座に消えた。そうなると何とかあの男を掻い潜って入り口から退散するしかない。

「お前さん、あのおっさんの護衛とか?」
「いえ、違いますよ。ただ僕は、」
「!?」

男が手を動かした瞬間、ロックオンは反射的に素早く身体を逸らした。そしてそれと同時にヒュッ、と鋭い風がロックオンの顔の真横を通り抜けた。
もし、ロックオンがソレは避けていなければ顔面直撃コースだ。
男は次々と何か、をロックオンに向かって投げてくる。何処に隠していたのか、それ、ナイフはまるで雨のようにロックオンに降り注ぐ。
何とか身体を上手く反転させ、攻撃を避けるながら反撃する隙を狙うが、攻撃は止まない上、まったくと言ってよい程男に隙がない。
元々遠距離からの狙撃を得意にしているロックオンは中距離、接近戦は不得手だった。対する男は真逆であるようだ。おまけにフィールドはこの狭い室内、どうみてもロック

オンの方が分が悪い。
その証拠に気付くと少しずつ距離を縮められている。そして男は手にしたナイフを今まで以上の速さで

「チッ・・・!」

これは避けられない。
仕方なしに手にしていた銃のグリップで飛んできたナイフを跳ね返す。
ほっ、と無意識に息をついた瞬間、ピタリと首に刃物の冷たい感触。気付かぬ内に男はロックオンの真後ろから頚動脈にナイフを当てていた。
男の人間離れした動きにロックオンは緊張した面持ちで白い喉を上下させた。
すると男は唇をロックオンの耳元へ寄せた。

「貴方を勧誘に来ただけです」
「・・・・・・随分と手荒な勧誘だな」
「すみません、一応貴方の実力を確かめたくって」
「で、俺の実力はどうですかね?」
「素晴らしいです。予想以上ですよ」

男は身体を離し、ロックオンが反射的に男に向けた銃を指差した。

「ただグリップでナイフを弾くのは止めた方がいいですよ。反応が遅れますから」
「・・・肝に銘じておく」

そんなこと言われなくてもこんな切羽詰った状況じゃなければ使わねぇよ、という言葉を呑み込んでロックオンは手にしている銃を見た。
グリップにくっきりと残った傷跡。少しでも動きに迷いがあれば、指の一本や二本は吹き飛んでいたかもしれない。
ぞっとしているロックオンに気付いているのか、いないのか、アレルヤはロックオンに手を伸ばす。

「僕はアレルヤ・ハプティズムといいます」
「アレルヤ、ね。で、勧誘っていうのは?」
「僕達の組織は、簡単に言ってしまえば・・・殺し請け負い人って奴ですね」
「なるほど。お前さんの動き見てれば同業者だって分かる。で、俺にその組織に入れって?」
「はい。現在実務部隊である僕達は接近戦を得意とする者ばかりで、遠距離からの攻撃パターンが組めなくて困ってるんです」
「そこで白羽の矢が俺に立った、っーことか?」
「貴方の狙撃能力は素晴らしい。是非その力を貸して欲しい」

「ロックオン・ストラトス、僕達の組織へ入ってくれますよね」

答えはYESしか用意されていない。
もしもNOと答えたのならば、即座にこの男、アレルヤに頚動脈を切り裂かれることになるだろう。
別に死ぬことは怖くない。
ただ、面白そうだと思った。俺を必要としてくれるというのにも心が惹かれたし、このつまらない毎日から抜け出せると思った。

「いいぜ、今より退屈しなそうだ」

だから手を取った。
それが色々な意味でこれからの人生を大きく左右するとはロックオンはこの時、思ってもいなかった。

 













選べる未来は一つだけ









(2008.10.06)