明日へ続く
エチュード












エンバーミング[embalming]
遺体の防腐、殺菌、修復などの処置を施し、生前の姿に近く戻す技術。
エンバーミングを行う人間のことを、エンバーマーと呼ぶ。
普及率90%以上のアメリカでは医療機関との関係も密接である。
対して日本ではエンバーミングの存在を知らない医者も少なくない。




「まぁ、実際俺もアレルヤに会うまでは名前聞いたことあるかな、って程度だったからなぁ・・・」
「この国では普通ですよ。日本は火葬中心でアメリカなどと違って長距離移動もありませんから」
「日本は遺体に手を加えるのを嫌う風習もあるから尚更だな。はい終了」
「ありがとうございます」
 捲り上げていた左腕のシャツを戻す。
 今日受けたのはB型肝炎のワクチン接種。肝炎以外にもエイズ、MRSA・・・傷口からの感染は命取りとなる。
 人は死んでも体内の最近は暫くの間行き続けるため、血液などを直接処理するエンバーマーにとって一番危険なのが遺体からの感染症。
 しかし葬儀関係者は感染症について法的な保護、規制を受けていないのが現状である。その為、ワクチン接種などの自己防衛が必要となる。
「あ、今日は風呂控えろよ」
「分かってますよ」
「そう言ってもお前さん案外抜けてるからな・・・」
「じゃあ今日僕がうっかりお風呂入っちゃわないように監視するために家に来ますか?」
「お誘い有難いが、残念ながら俺今日当直」
「・・・・・・それは、本当に残念です」
 医者であるロックオンと出会ったのは、2年前。
 エンバーミングの技術を学ぶためアメリカに渡っていた僕が日本に帰国し、この仕事を始めて間もない頃。
『へぇ、凄いな。いい仕事じゃねぇか』
 理解されず誤解され、差別が今よりずっと多かったとき、帰国して初めてそう言ってくれたのは彼だった。
 今でもその時の彼の表情、声全て覚えている。
 鮮明な記憶として残ったのは、単純にこの仕事を受け入れてくれた喜びだけでなく、彼がとても美しかったからだろう。
 僕はその時、自身が恋に堕ちたことに気が付かなかったが、脳は盛大な衝撃を受けていたのか毎晩のように彼の夢を見るようになり、やっと自身の恋心に気付いた。僕は思っていたより自身の感情に対しても鈍感なようだ。
 それからは、感染予防のワクチンを受けるという口実を作って彼の元に訪れたり、食事に誘ってみたりと僕にしては積極的かつ懸命な努力の甲斐あってか、お付き合いすることになってからは1年ちょい、といったところ。
 互いに不定期な仕事なため繁盛に会うのは難しいのが現状だが、お互い仕事に誇りを持っているし、相手の仕事への理解が高いので大きな衝突もなくここまでやってこれた。強いて言うならもう少し2人の時間が欲しいとは思うが、そう上手くいかないのが医者とエンバーマーの仕事である。
「そう残念そうな顔しなさんな」
「・・・そんなに顔に出てました?」
 ああ、とロックオンに苦笑されながらそう言われ、自分は相当感情が表に出ていたのだと知らされる。
 こんなにも表情豊かになったのは、ロックオンと出会ってからだ。ロックオンの表情が豊かなので、きっとそれに自然とつられていってるのだろう。
「明日お前の家行くから我慢しろよ」
「当直明けじゃ疲れてるんじゃないですか?」
「そりゃな。俺も若くないんでね、手加減してくれよ?」
 ロックオンがデスクに肘をつき、笑顔を向ける。
 基本Yシャツにネクタイ、白衣という格好でいるロックオンの、2つボタンを開けたYシャツから見える首筋の白さに思わず咽喉が鳴った。
 ロックオンにその気があるのか、ないのかは分からないが久しく身体を繋げてないために今すぐにでも、その白い首筋に紅い花を散らせたくなる衝動に駆られる。
 ここは病院、ロックオンの職場、と言い聞かせながらも白衣を着たロックオンの乱れる姿が脳裏を駆け巡り、自然と顔を血が昇ってゆく。
「・・・ちょっと、自信ありません」
「相変わらず素直な奴だな」
 でもそんなとこが好きだぜ?そんな冗談めいた口調で言い、ロックオンは笑い、その言葉に僕は更に顔を赤く染めた。











(2008.09.08)